ここはどこ?:ジョサイア・コンドル像

ジョサイア・コンドル像は今日東京大学の静かな工学部キャンパスに立ち、元から景観の一部をなしているように見える。広場の中心から離れて工学部一号館に背にして南向きに位置するこの等身大の記念碑は、通行人を脅かしたり畏れを抱かせたりすることなく温かな雰囲気を醸しだしている。人々は時々像のまわりの芝生でピクニックする。

英国生まれのコンドルは25歳で明治政府に雇われ、官民で人気の建築家となった。彼の作品には鹿鳴館(1940年に土地のさらなる効率的利用のため解体)や旧東京国立博物館(1923年の関東大震災により損傷)、湯島の旧岩崎邸(三菱財閥家の旧邸)が含まれる。彼は浮世絵師の河鍋暁斎の元で学び、東京大学工学部の前身である工部大学校の教師として辰野金吾 (1854-1919) や片山東熊 (1854-1917) を含む日本の新しい世代の建築家たちを育てた。

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ジョサイア・コンドル像

コンドルの死から二年後に制作されたこの像は、建築家そして建築史家である伊東忠太(1867-1954)によってデザインされ、新海竹太郎(1868-1927)によって彫刻された。伊東はコンドルと特別な親交は持たなかったが、辰野金吾の弟子であった。この系譜もまた近代日本建築史におけるコンドルの重要性を示している。

Portrait of Josiah Condor by Shirataki Ikunosuke, 1920, Collection of The Department of Architecture, The Faculty of Engineering, The University of Tokyo., http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1998Portrait/03/image/029.jpg, accessed June 3 2014.

白瀧幾之助による肖像画, 1920, 東京大学工学部建築学科のコレクション http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1998Portrait/03/image/029.jpg,(アクセス日 2014年6月3日)

白瀧幾之助 (1873-1960)による肖像画と似て、この像にはデザイナー固有の解釈と芸術的表現が反映されている。伊東は、怪物のような生き物のモチーフへの愛着で有名であり、それは彼が設計した築地本願寺でも見られるが、ここでも二体のはらばいになった怪物の姿が縁取られた台座をデザインした。二体の怪物は地震とそれを受けたコンドルの耐震建築への貢献を象徴している。怪物はまた河鍋暁斎の浮世絵に描かれた幽霊を人々に思い出させたかもしれない。

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コンドル像台座詳細

銅像の背景に建つ工学部一号館は辰野金吾が設計した工部大学校の本館跡に建てられた。旧館は1923年の関東大震災で破損し、今日の内田祥三 (1885-1972)設計の建物に代わられた。内田はまた同学部の出身で、後に先生となった。コンドルは90年以上に渡ってあの場所に立ち、夜間は暖かくライトアップされて、学生たちと日本建築の発展を見守り続けているようだ。

次回記事では、コンドル像を取り囲むオープンスペースについて焦点をあてる。

作成者  | 2014-09-16 (火)
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