視覚資料から見る日本博物館の原点—湯島聖堂

湯島聖堂は日本の近代化過程の中で、重要な位置を占めている。この場所は日本の近代教育、大学(東京大学、お茶の水女子大学、筑波大学)、図書館、展覧会文化と博物館の発祥地であり、日本の「近代化」を具体的な形で体現してきた場所だと言ってもいい。いくつかの史料を手かがりとして、本記事は明治初期における日本の展覧会施設と観衆の発展の原点としての湯島聖堂に焦点を当てる。

湯島聖堂は数百年の間に、変化を遂げてきた。1691年、徳川幕府は上野忍岡(現在の不忍池の東側)にあった当時の名儒学者の林羅山の邸宅から、現在の場所、湯島に聖堂を移した(Fig. 1)。数回の火災と再建を経て、1799年の拡大工事で、おおよそ今の姿が定められた。この拡大工事は徳川光圀(1628-1701)の賓師、顧問を務めた中国人知識人朱舜水(1600-1682)の設計に沿って作ったものであった。

Fig. 1. Shinita Edo Dai’ezu (published in 1676)(arrow shows the place of Hayashi Razan’s house and Confucius temple, east side of Shinobazu Pond) Source: 筑波大学大学院日本美術史研究室編, 『草創期の湯島聖堂: よみがえる江戸の「学習」空間 : 孔子祭復活百周年記念事業』, 東京: 清流出版社, 2007, p. 97.

Fig. 1. 『新板江戸大絵図』(延宝4年板行)(矢印のところ、かつてしのばず池の東側にあった、林羅山の屋敷と孔子廟) 出典:筑波大学大学院日本美術史研究室編, 『草創期の湯島聖堂: よみがえる江戸の「学習」空間 : 孔子祭復活百周年記念事業』, 東京: 清流出版社, 2007, p. 97.

Fig. 2は17世紀、舜水が描いた孔子廟の設計を示している。この設計図を、江戸東京博物館収蔵の、櫻井雪鮮(1762-1804)が描いた絵(Fig. 3)と東京国立博物館収蔵の斎藤長秋(1737-1799)の図版(Fig. 4)と比較すると、建物の配置や、大成殿本殿前の庭、「廡」という両側にある廊下付きの小屋などが一致していることが分かる。大成殿本殿前の庭と廡の廊下は後に博覧会の展示スペースとなる。また雪鮮と長秋の作品描写からは、聖堂が塀に囲まれ、周辺と隔離されていて、人々が坂や階段を上り下りして、迂回しながら移動している様子が伺える。舜水の設計図と実際に建てられた聖堂との大きな違いは、舜水の設計が左右対称であったのに対し、実際は入口が真正面から離れて、東側に置かれている点である。雪鮮と長秋の作品も東側を強調していて、左右対称のような表現を避けている。それはまず設計平面図と実際の敷地への適用の違いという点と、平面図は雪鮮・長秋の芸術表現と性質が異なるという点で説明できる。また、この違いから、中国の建築でよくみる中軸線を強調する傾向と対照的な日本の独自の美意識も表していると言えるだろう。

Fig. 1 Plan of a Confucian shrine drawn up by Shu Shunsui, Source: Fukushima Kanezo et. al., Kinsei Nihonno Jugaku, Iwanami, 1939; cited by Julia Ching “Chu Shun-Shui, 1600-82. A Chinese Confucian Scholar in Tokugawa Japan”, Monumenta Nipponica, 30: (2), 1975, p. 189.

Fig. 2 Plan of a Confucian shrine drawn up by Shu Shunsui,
Source: Fukushima Kanezo et. al., Kinsei Nihonno Jugaku, Iwanami, 1939; cited by Julia Ching “Chu Shun-Shui, 1600-82. A Chinese Confucian Scholar in Tokugawa Japan”, Monumenta Nipponica, 30: (2), 1975, p. 189.

Fig 3. Yushima Seido Picture by Sakurai Sessen, after 1799. Collection of Edo-Tokyo Museum. 湯島聖堂図,櫻井雪鮮/画,寛政11年以降,江戸東京博物館収蔵品。 http://digitalmuseum.rekibun.or.jp/edohaku/app/collection/detail?id=0195201291&sr=%93%92%93%87%90%B9%93%B0, 2015年7月URL取得。

Fig 3. 湯島聖堂図,櫻井雪鮮/画,寛政11年以降,江戸東京博物館収蔵品。
http://digitalmuseum.rekibun.or.jp/edohaku/app/collection/detail?id=0195201291&sr=%93%92%93%87%90%B9%93%B0, 2015年7月URL取得。

Fig 4. Edo Meisho Zue(Yushima Seido no zu), Saito Choshu (1737-1799) 江戸名所図会(湯島聖堂の図), 斎藤長秋, 1836, 東京国立博物館収蔵品。 http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0034180, 2015年7月URL取得。

Fig 4. 江戸名所図会(湯島聖堂の図), 斎藤長秋, 1836, 東京国立博物館収蔵品
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0034180, 2015年7月URL取得。

1871年に、聖堂は大きな転換期を迎えた。江戸時代、聖堂は主に儒教の学舎と祭典のスペースとして機能してきた。維新後、聖堂は明治政府に移管され、1872年に新政府の文部省は湯島聖堂で初の博覧会を開催した。1873年この国初の海外万博ウィーン万博への参加準備として、全国からの多くの工芸品や珍品がこの展覧会に一斉に集められた。展示品の中で、名古屋からの金鯱が最も人気を呼んだ。昇斎一景の浮世絵(Fig. 5 & 6)には、展覧会の大盛況と金鯱が人々を驚かせた光景がユーモアに描かれている。当時の写真と見比べると、一景の浮世絵がいかに金鯱のサイズを誇張したかが一瞥しただけで分かる。西欧と匹敵できる展示・博物館施設の設置と公開によって、「観客」を作り出したいという新政府の姿勢は、この博覧会を通してはっきりと示されている。

『元昌平坂聖堂二於テ博覧会図』, 昇斎一景, 斯文会蔵

Fig 5.『元昌平坂聖堂二於テ博覧会図』, 昇斎一景, 斯文会蔵。

Fig 6.『東京名所三十六戯撰』の元昌平坂博覧会, 昇斎一景, 江戸東京博物館収蔵品。 http://digitalmuseum.rekibun.or.jp/app/collection/detail?id=0191200239&sr=%8F%B9%95%BD, 2015年7月URL取得。

Fig 6.『東京名所三十六戯撰』の元昌平坂博覧会, 昇斎一景, 江戸東京博物館収蔵品。
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Fig 7. 文部省博物局主催博覧会湯島聖堂会場, 明治5年, 江戸東京博物館収蔵品。 http://digitalmuseum.rekibun.or.jp/edohaku/app/collection/detail?id=0191214187&sr=%93%92%93%87%90%B9%93%B0 2015年7月URL取得。

Fig 7. 文部省博物局主催博覧会湯島聖堂会場, 明治5年, 江戸東京博物館収蔵品。
http://digitalmuseum.rekibun.or.jp/edohaku/app/collection/detail?id=0191214187&sr=%93%92%93%87%90%B9%93%B0 2015年7月URL取得。

現在の東京国立博物館と国立科学博物館は、この1873年の博覧会と湯島聖堂から発展してきた。これらの視覚資料には聖堂の建築細部、人々の営み、また制作者の独自の表現と関心が現れている。これらの資料は現在この地域のどこが過去を引き継ぎ、どこが変化したかを確認する手がかりとなる。

参考文献:

Aso, Noriko, Public Properties: Museums in Imperial Japan, Durham and London: Duke University Press, 2014.
Ching, Julia, “Chu Shun-Shui, 1600-82. A Chinese Confucian Scholar in Tokugawa Japan”, Monumenta Nipponica, 30: (2), 1975, pp. 177-91.
筑波大学大学院日本美術史研究室編, 『草創期の湯島聖堂: よみがえる江戸の「学習」空間 : 孔子祭復活百周年記念事業』, 東京: 清流出版社, 2007.
東京国立博物館編, 『東京国立博物館百年史』, 1973.
福井庸子, 「わが国における博物館成立過程の研究: 展示空間の教育的特質」, 早稲田大学, 2010.

作成者  | 2016-04-23 (土)
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